東京地方裁判所 平成2年(ワ)11470号 判決 1991年3月08日
原告
板野學
右訴訟代理人弁護士
井上智治
同
長尾節之
同
久保田理子
被告
国際電信電話株式会社
右代表者代表取締役
石井多加三
右訴訟代理人弁護士
芦苅伸幸
同
星川勇二
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
(原告)
1 被告は、原告に対し、金一億五〇〇〇万円およびこれに対する平成二年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(被告)
主文同旨
二 原告の請求原因
1 被告は、国際電気通信事業等を目的とする株式会社である。
2 原告は、昭和三七年五月、被告の取締役に就任するとともに総務部長に任命されてから昭和五四年一〇月辞任するまで一七年五か月の間被告の取締役として在任し、その間昭和三八年五月営業部長、昭和三七年五月常務取締役、昭和四五年五月副社長、昭和五〇年五月社長の各職を歴任した。
3 取締役と会社との関係は委任であるが、民法の委任無償の原則にかかわらず、社会通念上、慣行上黙示の有償の合意が当然認められるべきである。したがって、取締役は、会社に対し、当然に相当額の報酬請求権を有する。
これは、取締役の報酬は定款又は株主総会で定めるとの手続的制約(商法二六九条)によって妨げられるものではない。
4 このことは、報酬の性格をもつが、通常の「賃金」とは異なった性質が認められている退職慰労金についても同様、あるいはより以上に妥当する。
5 いわゆる使用人兼務取締役の使用人としての給与に対応する退職金については、商法二六九条の適用はなく、使用人としての退職金請求権が認められる。原告は、前記のとおり昭和三七年五月から昭和三九年五月まで使用人兼務取締役であったほか、昭和三九年から昭和四五年にかけても常務取締役でありながら営業・国際業務及び企画担当として実質使用人としての仕事をしてきた。なお、原告が被告との間で雇用契約を締結していなかったことは、認める。
6 よって、原告は、被告に対し、退職慰労金相当額金一億五〇〇〇万円及び本件訴状送達の日の翌日の平成二年一〇月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 被告の答弁
請求原因中第一項及び第二項の事実は認めるが、その余は争う。
原告と被告との間には、原告を使用人とする雇用契約が存在していたことはなく、原告主張の原告による業務担当は、取締役に対する職務の委嘱である。
四 証拠関係<省略>
理由
一原告の被告会社における取締役としての存在及び退任の事実については、当事者間に争いがない。
二原告は、右退任に伴う退職慰労金を請求するが、商法二六九条の規定上取締役の報酬については、定款の定めがないかぎり、株主総会の決議によって定めることを要することは、明らかである。そして、取締役の退職慰労金も、同条の適用を受ける報酬に含まれる。本件においては、原告への退職慰労金の支給について定款の定めも総会の決議もないところ、原告は、総会の決議なしでも退職慰労金請求権が発生すると主張するが、独自の見解であって、採用することができない。
また、原告は、いわゆる使用人兼務取締役であったから、その使用人としての職務ないし給与に対応する退職金は、当然請求できると主張する。しかし、原告が被告と雇用関係を持ち使用人として給与を受けていた事実はないから(このことは、原告も自認するところである。)、原告は使用人としての退職金を請求することができる使用人兼務取締役ではなく、この主張も採用できない。
三そうすると、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官稲葉威雄)